2009-11-22 Sun
日曜日、冷たい霧雨の朝です。午前中からその中で平和台公園に向かいます。以前私が議会で取り上げた「平和の塔」の内部公開の試行が行われました。
これは今年の6月議会で私が主張したもので、県からも前向きに県とする旨の対応を頂いていたところでした。その後、私自身も内部調査を行うなど取り組んできましたが、ここまで来たことには感慨があります。(そのときの様子はこちら)今日の平和台公園はあいにくの冷たい雨で肌寒かったのですが、公園内にはいくつものテントが張られ準備がされています。15人を1グループにして、事前の説明、内部見学、アンケート記入などで小一時間の行程です。
多くのマスコミも来て参加者の方にインタビューしていましたが、内部のレリーフの見事さなどには多くの県民の皆さんが関心を持っていました。驚きましたのは、私は当時を知る年配の方がほとんどかと思いましたら、子供づれや若い方が多かったことです。私のように史学科で日本史を専攻していた人間としては、若い方がこのように関心を持って頂けるのは本当にうれしく思います。
さて、中に入ります。中でもいろいろ説明があるのですが、県庁がやるのでやむを得ないとは思いますが、このレリーフの思想的背景、特に「天孫降臨」「五族協和」などもしっかり伝えていかなければ、この塔の"本当の意味"は見えてきません。今後は、公開をどう恒常化していくか、そしてそのような内容をどう伝えていくか、その課題を考えていきたいと思います。そして、しっかりと過去に向き合う土壌を培っていくことかな逃げないように取り組んでいかなければならないと思います。
会場でちょうど会った新聞記者さんと平和台公園のレストランで昼食を取ってから、宮崎県の若手議員連盟である「宮崎維新塾」(塾長:串間修宮崎市議)の勉強会です。
今日は政権交代による地方議員の位置づけの変化などを議論します。特に市町村議員の方には自民党員の方が少なくないのですが、住民に最も近い位置で県議、国会議員を通じ様々な課題に取り組んできたという思いを強く持たれています。
しかし自民党政権は崩壊し、そのような位置づけは全く停止してしまいました。その上に自民党県連も事実上機能停止状態で、今後どのようなことを支えに議員活動をしていくべきか、という話になりました。
私はどの党の党員でもありませんし、党員であったこともありません。私も市議会議員の方からのご相談は、政党を問わず対応させて頂いていますし、地方議会にはそもそも政党は必要ないと思っています。
しかし、郡部では当選するや否やほぼ強制的に自民党に入る、青年部で活動する、というのが長年の暗黙のルールだったというところもあったようです。
ある意味、そのように地縁を培ってきたことが自民党の強さだったのですが、逆にそれが公共事業のあり方などで、規律を持てなくなってしまった部分もあったと思います。
その意味では、今後の自民党が再び地域組織がどう培っていくことができるのか地方政治や議会のあり方に大きな影響を及ぼすことになると思います。
そのようなことをしっかり意識しながら、私は私のスタンスで議員活動を続けていきたいと思います。
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