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「煩悩即菩薩」
昨日に大阪まで出てきて、午前中の便で宮崎に帰ろうとします。
しかしいつものようにいつものごとくJALの宮崎~大阪便が1時間半も遅延します。この宮崎~大阪線の遅延や欠航率は他の路線の倍以上あり、私もここ半年でこのようなことが3回目です。
経営が厳しいJALを応援したい思いもあり、使っていますが、そろそろ忍耐も厳しいな、と率直に思ってしまいます。

さて、宮崎空港から街に出ますと、スーパーに人だかりが出て屋根の上に人が・・・、「すわっ、飛び降りか?こんな多くの人で説得してるのだろうか。」と思っていますと、屋根の上から何事かばら撒かれ、下で多くの人が取り合っています。何のことはない、スーパーの節分イベントです。我ながら大いなる勘違いです。

かくいう私も、私が檀家に入っている真言宗の寺で節分法要に参加します。
飛行機の遅延で護摩焚きには間に合わなかったのですが、節分の豆まきの大任を頂いて境内で豆まきをさせて頂きました。

その後、住職からお話があったのですが、真言宗は現世利益を祈る宗教です。現世利益といいますとなにか非常に俗っぽい感じがしますが、要は亡くなった人よりも今生きている人の健康や家内安全を祈ることを旨とするものです。

しかし、そもそも宗教とは私はそのようなものだと思うのです。いま生きる人が、一定のルールやモラルを持って生きる。来世や地獄なども、しっかり生きることはそれにつながるということであるのではないかと思っています。
ですから宗教観とはモラルであり、だからこそ宗派は別として、しっかりした宗教観を持つことは私は重要だと思っています。

真言宗では「煩悩即菩薩」という言葉があります。煩悩を持っていてこそ悟りが開けるというものです。欲望の否定は自己否定になる、だからこそ欲望を抱えてこそ悟りが開けるというものです。節分など鬼という悩みや苦しみを追い払って、幸運を願うのですからまさにこの「煩悩即菩薩」の体現です。

政治の世界もそのようなものです。悩み、苦しみます。なぜか、もし選挙が生涯ないなら、こんなに気楽なことはありません。本当に気の赴くままに行動すればよいのです。
しかし、私たちは4年に1度その洗礼を受けます。思い切った行動や発言のとき、そのことが頭をよぎらないかといえば嘘です。ときには悩み苦しむときもあります。しかし、それがあればこそ、県民の皆様の思い、気持ちを常に確認しながら進むこともできます。

つまり、私たちも常に「煩悩即菩薩」という中にあるのだと思います。ありのままの自分を認めながら、その中で皆様のお役にどう立てるのか、そう思いますと少し肩の張りも取れます。
そんな思いでこれからも取り組んでいきたい、改めてそう感じた節分の1日でした。

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