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年度末に思う ~アジアの中の日本~
31日、年度末です。

午前中は多くの退任される職員の方が議会棟にもご挨拶に来られます。「愛みやざき」は私以外は宮崎市が選挙区ではありませんから、このようなときは私が対応をさせて頂くことが多いのですが、今回退任される皆さんは2年前に私たち議員に就任したときから、支えて頂いた皆さんです。

本当に感謝しておりますし、皆様の今後のご活躍をお祈りしたいと思います。

午後からは宮崎市内で道路整備が中途半端に終わったため、非常に危なくなっている個所などの問い合わせのため現地訪問、そしてその後は政務調査費の公開に向けた領収書の添付作業などで事務所に籠ります。

夕方からシーガイアへ。前航空幕僚長の田母神俊雄氏の講演を聞きました。

思った以上に多くの方で賑わっていましたし、小気味よい主張で会場からも拍手が頻発する異色の講演会でした。

内容については、縷々報道されている通りですので重複は避けますが、概ね主張としては理解できます。「自分の父や祖父の世代を悪人にしてはいけない。」というのも至極当然の話ではあります。靖国参拝についても、国内問題であり他国にいわれる筋合いのものではありません。

しかし、国際感覚というのはバランスであると思います。私がシンガポールに住んでいたとき、シンガポールの中心部シティホールの前4本の白い柱がありました。

私は単なるモニュメントだと思っていましたが、下に行って驚きました。「日本占領時期死難人民記念碑」とありました。日本占領時に、日本軍が現地人や中国人を一か所に集め殺害したこと、都市再開発の際出てきた人骨を埋葬してこの碑を立てたことなどをしり衝撃を受けました。

シンガポール建国の父であるリークァンユーの回顧録も読みましたが、そこにも一歩間違えば自分も殺害されていたであろうことが赤裸々に描かれていました。少なくとも、そのようなことは日本国内で多く語られることはありません。

田母神氏の講演の中では一言も「日本に悪い部分があった。」という発言はありませんでした。国際協調というのはお互いの悪い部分を認め合うということも重要だと思います。それがなければ独善的にもなりますし、得てして「中国や韓国はけしからん。」という意見に陥りがちです。

日本はこれからアジアの中の一員です。アジアからの観光客も多く来て頂かなければなりません。その意味でも、お互いにお互いの思い、考え方をしっかり知ること、それが重要です。
それを今後もしっかり意識しながら、国際感覚を鍛えていきたいと思います。

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2枚のハガキ
30日、月曜日です。

年度替りになり、県庁内もだいぶ落ち着かなくなってきました。
今回は私たちがお世話になっている議会事務局も異動される方が多くなっています。

年度替りで私も議会で書類を整理しておりますと、2枚のハガキが届きます。

まず1枚、4月4日(土)に予定されていた陸上自衛隊都城駐屯地の観桜会中止のご案内です。もともとこの日は別件があって出席できない旨はお伝えしていたのですが、「諸般の事情」で中止になりました。

書いてはありませんが、理由が今回の北朝鮮のミサイル発射案件であることは明らかです。

陸上自衛隊ですから、万一への対応というよりはむしろ"自粛"ということのようです。北朝鮮の瀬戸際外交にはいつも振り回されますが、このように身近なスケジュールにまで影響が出ています。多くの隊員の皆さんが、この問題で臨戦態勢になっておられるのだろうことも分かります。


もう1枚、ハガキが届いています。これは故筑紫哲也先生の個人事務所の閉鎖の案内でした。筑紫先生が亡くなった後も、残務整理のために残っていましたが、それもこの年度末で終了するとのことでした。

携帯電話を持たない筑紫先生との連絡はいつもこの事務所でしたし、先生を送り迎えするときもいつもこの青山3丁目の事務所でした。

携帯電話のメモリーから、もう掛けることのない「筑紫事務所」の連絡先を削除しようとしましたが・・、手が止まりました。以前のブログでも書きましたが、私は亡くなった方の携帯メモリーを消すことができません。

この事務所の番号も、筑紫先生との"最後のきずな"のような気がするのです。

年度末の慌ただしい時期ですが、この2枚のハガキからいろいろ考えた1日でした。

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34
日曜日です。おかげさまで34歳になりました。ぞろ目の33歳も卒業です。

今日は7時前のJRで延岡から戻り、急いで着替えて堀切峠へ。

「コバノセンナを育てる会」の皆さんと堀切峠の山桜の枯れ枝の整備や肥料撒きです。堀切峠の旧道、ちょうど駐車場の下あたりなのですが、樹木医の先生の指導の下3時間近く20人くらいで作業を致しましたが、おかげですっかりきれいになりました。

最後に管理者の国土交通省に許可ももらい1本山桜を植樹し、終了しました。代表の方ともお話をしますが、日南海岸などで企業や団体行った「植樹」のその後が課題になっています。

企業や団体がイメージアップのために植樹をして、立派な看板は立てるのですがいつの間にかだれも来なくなり、忘れ去られてしまう。植樹のときはマスコミを呼んでPRして「社会に貢献」などというのですが、やりっぱなしな事例も少なくないようです。

その後手入れされず却って環境を厳しくしているものが少なくないようです。そのため国土交通省では新規の植樹は認めていないとのことでした。なかなか考えさせられることでした。

その後、夜にはたけい事務所の花見を天神山公園で開催しました。あいにくの雨でテントの下での開催でしたが、楽しい時間を過ごさせて頂きました。
今年は5月までに「愛みや県政報告会」もしなければなりません。今年も皆さんと一緒に頑張っていきたいと思います。

34歳になりました。2年前のこの日にMRTMiccで決起集会開催。それからちょうど2年です。
この3月29日の誕生日、私はずっと好きではありませんでした。この誕生日のおかげで小学校の頃は6年間出席番号はビリでした。(この出席番号が生年月日順なのは宮崎県と鹿児島県くらいのようですが)

ちなみに3月29日誕生日なのは、タッキーや篠原ともえ、野沢直子など。また「まりも」が国の天然記念物に指定されたということで「まりもの日」なのだそうです。どうでもいいですが・・・。

しかし、選挙のおかげでいつまでも記念に残る日になりました。"アラフォー"になる前の最後の年です。精進して1日1日を大事に臨んでいきたいと思います。

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愛みやフォーラムin延岡
土曜日です。

「愛みやフォーラムin延岡」のため一路JRで延岡へ。この「愛みやフォーラム」は今回で5回目の開催なのですが、年度替りでかつ花冷えの寒い日でしたが、会場には450人を超える皆さんにお集りいただき、本当に感謝感謝ですし、遠く北浦からも多くの方がお見えになっていて、松田さんの日常の活動がよく分かります。

それぞれ4人で持ち時間を頂いてお話をさせて頂きました。私は東国原県政3年目の展望と入札改革、雇用問題などをご説明しました。
松田さんからは県の新年度施策と特に県立延岡病院の医療問題について詳しく説明がありました。

今回の議会でも宮崎市出身の私たちにとっては、エコクリーンプラザみやざきの問題が大きく取り上げられていましたが、県北の皆さんにとってはまさにこの問題が最大の関心事です。

改めて厳しいな、と思いますのは脳神経外科医の退職に伴い夜間の脳疾患、例えば脳梗塞などの対応が非常に難しくなっていることです。脳梗塞などが発生した場合は、県の防災ヘリで緊急搬送することになっているのですが、これがヘリポートへの移送なども含めると宮崎市内の病院まで約2時間、これでは10号線を救急車で搬送するのとほとんど変わりません。

脳梗塞は約1時間が"限界"といわれています。ということは県北で夜間に脳梗塞が発生したら、もう助からないということにもなりかねません。なんとか延岡の医師会の皆さんで輪番で対応するということになるようですが、これも本当に過渡的な対応です。
これでは医師自身や家族の健康維持もおぼつかなくなり、医師不足にますます拍車をかけることになります。

同じ県内、しかも県内第3の都市でこのような事態が発生しているのです。
宮崎県議会議員として、このような状況が起こっているということを私の地元である宮崎市の皆さんにお伝えしていくことも、私の重要な役割だと思っています。

また、エコクリーンプラザみやざき問題について「県北には関係ない。」という意見は多く頂きました。この施設では宮崎県央。児湯地域のごみしか処理していませんから当然です。
県の負担は=この施設から便益を受けていない人の負担でもありますから、そこは確かに重く受け止めそれらの皆様への説明責任が県には求められています。

その後、懇親会の最後に私の後援会長で、医師である榎本雄介さんが延岡で開業をするということでその報告もさせて頂きました。会場の皆さんから多くの拍手を頂きました。私個人としてはいたい部分もあるのですが、この厳しい状況の中、延岡に行ってくれることは私としても本当に誇らしく思います。

懇親会後も遅くまで、延岡の皆さんとお話させて頂きました。私は延岡弁の柔らかいイントネーションが大好きなのですが、本当に皆様から応援の頂けることをうれしく思います。
そのお気持ちをしっかり受け止めて、しっかり取り組んでまいります。その思いを強くした1日でした。

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栄枯盛衰 宮崎と東京で
金曜日です。

アサイチから慌ただしい日です。宮崎交通OB会の旅行を宮交シティでお見送りし、街頭演説を済ませた後、宮崎地方裁判所へ。安藤忠恕前知事の判決を傍聴しました。裁判所前は報道陣でごった返し、空気はピンと張りつめていました。

まだ大学院生時代にUMKの番組でお会いしたのが最後だったのですが、今日法廷で見た安藤前知事は顔色も悪く、とても小さく見えました。判決は3年6月、追徴金2,000万円。裁判所で何人か知り合いの弁護士にもあったのですが、弁護士でも驚くほどの重さでした。
安藤前知事は68歳、心身にも相当厳しいのではないかと思います。

しかし、多くの部下が逮捕され誉れのない人生を余儀なくされながら、「部下がやった」というのはあまりにもリーダーとしては残念でした。

政治資金の問題は私たちにとってはアキレス腱です。またこの事件が起こって、東国原英夫知事が誕生し、そして私たちの選挙と移っていった一連の流れからいっても、私にとっても大きな事件です。
それもあって安藤前知事の法廷での姿を見たことは、私にとっても大きな意味がありました。他山の石としてこれからの活動に臨んでいきたいと思います。

その後、午後から飛行機で一路東京へ。
東京プリンスホテルで開催された東国原知事の政経パーティに参加します。

700~800人で賑わっており、この不況の中ではよく集まったと思います。

東国原知事のパーティについてはいろいろと議論もありますが、宮崎での活動資金を東京などの県外で稼ぐというのは、一定の意味があります。パーティは収支も含め公開されるものですし、安藤前知事のような"裏金"ではないこともありますから、回数などが適正であれば私は問題ないと思っています。

私にとっても東京時代にお世話になった方が数多く来られていまして、多くの方にお会いできたことは予想外の収穫でした。

その後、終了の少し前に会場を失礼して、地下鉄で六本木ヒルズへ。

本当に驚きました。週末の金曜日なのに、人が驚くほど少ないのです。夜になると多くの人でにぎわったメインストリートも数が数えられるくらいしか人がいませんし、9時過ぎなのに店がどんどん閉まっていきます。

私がこのビルで勤務していた3年前とは本当に大違いです。東京ミッドタウン、赤坂サカスなど新しい街ができます、六本木ヒルズももう"過去の街"なのかもしれません。

栄枯盛衰という言葉。ヒルズのネオンを眺めながら考えます。安藤前知事、東国原知事それぞれに出会い、まさにそれを実感した1日でした。

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