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政務調査費、提出。もう一度原点へ。
4月30日、木曜日です。

ちょうど2年前のこの日から、私の宮崎県議会議員としての任期が始まりました。名実ともに折り返し地点になりました。

と、いった感慨に浸る間もなく、今日は政務調査費の提出期限です。夕べも朝の4時前まで秘書と事務所に籠って最後のチェックです。1枚1枚チェックしていきますと、分厚い資料の山になりました。
最終的にはコピーを提出することになっていますので、1枚1枚コピーするのですがこれも一苦労です。

項目分け、領収書順の並び替え、案分率の計算など思っていた以上にエネルギーがかかりましたし、4月の事務作業はほとんどこれにとられてしまったのですが、これもいままでの膿のたまった結果でもありますし信頼される議会への第一歩です。

夕方5時を少し過ぎましたが、になんとか議会事務局総務課に提出することができました。何か夏休みの宿題を提出したような、ホッとした気持ちになります。
この作業によって少しでも県議会への県民の皆様がの信頼が回復される、という一念にてこの1か月取り組ませて頂きました。この点についてはぜひ、お汲み取り頂ければありがたく思います。

すでに暗くなりましたが、一路佐土原町へ。「佐土原スポーツクラブ」の総会に出席します。

地域総合型スポーツクラブとして、各種スポーツのみならず外国人による英語や算数など子供たち向けの講座も充実しています。また今年から近隣のゴルフ場との連携、地元のホンダロックサッカー部による指導など、輪が広がってきています。

この地域総合型スポーツクラブは、いわゆるスポーツジムではなく本当に地域の皆さんが手づくりで作り上げているものです。運営者だけではなく、指導者、利用者、そしてその保護者までが一体となって運営しており、健康増進にもなるものです。

このような地域独自の取り組みからは本当に多くのヒントをもらえます。

政務調査費という大きな事務仕事もヤマが片付きました。折り返し地点でもあります。
2年前の原点を大事に今後も取り組んでまいりたい、改めてそう誓った1日でした。


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「昭和の日」に思う
水曜日・昭和の日です。

今日は午前中から事務所へ。政務調査費も最後の最後の追い込みです。
一つひとつチェックしていきますが、私は特に県外調査についてはかなり細かくブログで書くようにしています。それが今は非常に整理に役立っています。ブログの思わぬ副次的効果にも感謝しているところです。

さて、お昼からは「天皇陛下御即位二十年宮崎県奉祝会 結成式」に向かいます。今年は天皇陛下在位20周年ということで、私たち県議会でも天皇陛下御即位二十周年奉祝宮崎県議会議員連盟」は発足し、私も参加させて頂いております。

天皇陛下が様々な災害などに対し、常に心を痛めておられる姿勢やお人柄は本当に報道を通してですが伝わって参りますし、個人主義にどんどん進むこの国の中で、国民にとってまさに心のよりどころとなる存在であられると思います。

私は以前「国際青年の村2000inMIYAZAKI」というイベントのスタッフをしていたことがあり、その際の開会式の司会をさせて頂きました。その開会式に清子内親王(当時)が続訓弘総務庁庁長官(当時)とともに来賓で来られていました。

内親王からお言葉を頂いていたそのとき、あろうことが電源が落ちてマイクが使えなくなってしまったのです。壇上の松形祐堯知事の顔がみるみるうちに紅潮し、本当に厳しい雰囲気になりました。
松形知事はこちらを見て首を振られますが、私など司会ですからどうすることもできません。会場のホテルスタッフは走り廻り、かなりまずい空気が漂いまくります。

しかし、内親王は全く動じることもなく、そのまま切れたマイクでスピーチを続けられました。その堂々とした、また廻りに対する配慮の姿勢には本当に頭が下がりました。対応いかんによってはパニックになるような状況でしたから、その姿勢は本当に"後光がさす"ような心持がしたのを鮮烈に覚えています。

やはり、皇族の皆様のそのような国民を慮る姿勢こそが、やはり国民に支持されている所以だと思いますし、私はいつもこのことを思い出します。

そして、奉祝行事の後、第2部で元皇族である竹田恒泰さんの講演がありました。
「天皇の弥栄(いやさか)」というタイトルでの講演でしたが、なぜ天皇家が滅ぼされることなく、連綿と続いてきたかなどを非常に明快にお話頂きました。

私も大学は日本史専攻でしたので、いろいろと勉強してきましたが、では天皇家がなぜ同じ系統で続いてきたのでしょうか。

中国などでは「天」から「天命」を受けたものが皇帝となり王朝を開きます。(元、明、清など)従って、その王朝が「天命」を果たしていないとすれば、その王朝を打倒することは認められることなのです。(実際は、戦いに勝った人間が、"結果として"「天命」があったということになるのですが。)

しかし、日本の場合は天皇家は天の子孫=「天」そのものなのです。井沢元彦も言っていますが、日本には天皇家を討つ理論が存在しないということです。仮にときの天皇が偶発的に殺害(蘇我入鹿に殺害された崇峻天皇など)されても、それが天皇家を否定する理論にはならなかったのです。
その意味で、確かに他の国の王朝と天皇家では決定的に違いがあるのです。

しかし竹田さんの講演の中で「北京オリンピック開会式で、中国はロケット弾を打ち上げて雲を散らして晴れを作ったが、日本では陛下がお出ましになれば天気も晴れる。」
といったことなどがありました。話としては面白いのですが、どうも最近の世の風潮として気になるのは、日本を持ち上げるあまり「中国や韓国はダメな国だ」という理論が跋扈しているように思うのです。

もちろん、靖国参拝など他国からとやかく言われるべきではないことはありますが、アジアの中の日本としての"品格"のようなものは重要だと思います。

憲法前文にも
「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」
とありますが、それこそが天皇陛下のお考えにも沿うものではないのかと思っております。

昭和の日、そのようなことに思いをはせた1日でした。

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さまざまなドラスティック
火曜日です。

月曜日視察終了後、もう1日いる西村さんを置いて長浜でラーメンを食べた後、1人高速に乗ります。鳥栖JCTを過ぎて程なく、急速な眠気に襲われます。やはり替え玉3つが悪かったか?
などと思っていましたが、安全第一。1時間ほど寝ようと広川SAで休憩します。

何やら外が明るいな・・・、と思っていますと何と朝の8時!8時間半も寝てるではないですか。朝の街頭演説できず今日の予定も大きく狂ってしまいましたが、やはり夜中の無理な運転は危険です。

これはこれで良かったと思いなおして一路、宮崎へ戻ります。自宅に戻りシャワーをあたってから市内南部のマンゴー農家を訪問します。

ちょうどマンゴーはちょうど収穫の段階に来ていまして、セキュリティが厳重に施されたビニールハウスの中にはマンゴーの甘い香りが広がっています。
マンゴーの価格などを考えますと、見えなくなるくらいびっしり実っている完熟マンゴーを見ますと、「おおどのくらいの金額になるのだろう。」と思います。

しかし、当然ここまでには莫大な設備投資があります。この農家はもともと別の事業をしていましたが、多くの借金をしてこの事業を立ち上げ今年で実質3年目で、さまざまな課題を乗り越えてここまで来たことを伺います。

宮崎マンゴーの代名詞といえば「太陽のタマゴ」ですが、これはJA宮崎経済連を通じて販売したものしか名乗ることができません。他のものは「完熟マンゴー」という名称になりますが、ここまでマンゴーが有名になれば、名乗れるかどうかはあまり関係がないということでした。

確かに東国原英夫知事のおかげでマンゴーはドラスティック(劇的)に変化しました。しかし、ここまでネームバリューを上げるために地道な取り組みをされてきた、経済連や西都の皆さんの努力にも改めて思いをはせました。

2日ぶりに宮崎に帰って来て、いろいろ新聞を読みます。
日南市長選挙の結果、同じ県議会議員だった坂元裕一さんは思った以上の差がついて落選されました。同じ日に行われた名古屋市長選挙に当選した河村たかしさんと対照的な結果になりました。

同じような非常に個性的なキャラクターですが、いったい何が違ったのか。それはしっかり分析してみたいと思います。しかし、河村さんの「市民税10%削減」という公約はまさにドラスティックでぐっと来るものでした。
いままで税金といえば取るものでしたが、それをどう市民に返していくか、実現可能性がどのくらいあるのかはしっかり見ていかなければならないと思います。

さまざまなドラスティック、そしてそれをしっかり見続けていきたい、そう感じた1日でした。

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地道な取り組みにこそ in FUKUOKA
月曜日。福岡です。

今日は他の2人と合流「愛みやざき」全体でCASBEE(キャスビー・建築物総合評価システム)の調査のために、天神のど真ん中にある福岡市役所へ。

このCASBEEは福岡市の場合は福岡市建築物環境配慮制度という名称で、建物を建築するにあたり環境負荷の少ない素材、建築方法を採用することにより、環境にやさしい都市を目指すという制度で、全国的には13の自治体(うち都道府県では静岡県、大阪府、京都府、兵庫県)が採用しているものです。

福岡市では5000平方メートルを超えるものについて、これを適用しており、それによる建物についてはS・A・B+・B-・Cの5つの分類のランクを付け、それを公表する方法を取っています。

基準もかなり細かくて、屋上緑化、雨水の再利用、排熱の再利用、太陽光パネル、資源の再利用効率、耐震・免震などそれぞれが点数化されており、専門家でなくても、かなり理解しやすくなっています。

大変参考になりましたし、宮崎でもこの取り組みを積極的に進めようという方もおられますから、今後とも連携して取り組んでいきたいと思います。

その後、他のメンバーと別れ1人で歩いて薬院駅横のNTTDocomo九州の本社ビルへ。ドコモエンジニアリング九州株式会社の本松宗芳部長を訪問します。

本松部長は以前NTT宮崎支店に勤務されており、宮崎交通勤務時代から大変お世話にいます。現在は基盤整備部長ということで、NTTDocomoのエリア拡大のための鉄塔建設などの責任者をされています。

現在でも鉄塔設置の要望は支店経由で上がってきており、九州管内で約5,000局、宮崎県内でも約800局あるとのことです。
「窓の外を見てください。」と案内されますと、近くのマンションの上にも中継塔があります。何気なく見ている場所にも存在していることに驚きます。

これもインフラ産業として必要な投資ですし、私が宮崎交通にいたときは「日南海岸で入るのはドコモだけ!」という看板を付けたのを覚えていますが、スケールメリットにもなります。

しかし借地料のみならず、その区域の埋蔵文化財調査なども携帯会社側の負担になるという話は驚きますし、また今後の設置個所はほとんど携帯電話会社の利益としては見込めない地域です。

特に災害時や遭難対策などの携帯電話の重要性は論を待ちませんし、今後も少しでも拡大することは安全性や「いきいき集落」対策にも不可欠だと考えています。その意味でも、非常に貴重な情報交換をさせて頂きました。

今日の視察調査、いずれも地道な取り組みです。得てして華々しい効果が現れる施策に目を奪われがちですが、しかし、このような息の長い取り組みをしっかり認識、評価していくことが重要である。その意味を改めて感じた福岡の1日でした。

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国の施策の"おそはや"
日曜日です。

アサイチから宮崎大学の学生さんが2人勉強に、ということで来てくれます。このように議員の仕事に興味を持ってもらうことは本当にありがたいことです。

まず佐土原町へ。昨年に引き続き宮崎賢協の定期総会に参加します。人工透析を受けられる腎臓病の皆さんの団体です。
人工透析は日常生活が著しく拘束され、患者の皆様は本当にご苦労されています。まず亡くなられた方への黙とうから始まります。その後、30年、20年、10年と連続で透析をされていた方の表彰があります。

ご挨拶をさせて頂いたのですが、現状の課題とともに本当に日々のご苦労をお察しするとともに皆さんが気軽に旅行やレクリエーションができる環境整備なども進めていきたい旨をお話いたしました。

その後、木花にいって宮崎青年会議所の懇親会に伺ったのですが・・、時間勘違いしていまして着いたときには終わっていました。最近ちょっとこのようなことがあります。スケジュール管理は基本なので、もう一度しっかりしていきたいと思います。

そして、夕方から明日の視察のために西村さんと一緒に福岡へ。
高速道路を一路北に向かいますが、えびのJCTから九州道に合流したあたりから、一気に通行量が増えます。やはり、ETC1,000円の影響が明らかに出ています。九州のナンバー以外にも、今までこちらではほとんど見たことがない東北や北陸のナンバーの車もあります。

確かにこれは県外からお客さんを呼び込むチャンスですが、こどものくにのフラワーフェスタなどは昨年比減少しているそうです。逆に県内の観光客の流出もあり、手放しでは喜べない部分もあります。

西村さんが行ったことがないということだったので、一度福岡を通り越し北九州市の門司港レトロに。
ここは旧門司港の洋風建築を再整備して、非常に瀟洒な雰囲気で私は大好きな街です。特に今も現役の門司港駅を中心にした地域は、かつての貨物線も再び旅客用に再整備されるなど、観光地として大きく脚光を浴びています。

この門司港レトロから何を学ぶか、また改めて研究をしていきたいと思います。
その後福岡に戻ったのですが、高速道路も9,000円程度が1,000円、さすがに効果を実感します。しかし、この高速道路料金も一度下げたものはもう上がらないだろうな、と思います。

腎臓病患者の皆さんの苦境から、この高速道路。改めて国の経済対策についてもいろいろ考えさせられた1日でした。

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