HOME > 2009年05月
2009-05-31 Sun
日曜日です。議員のスキル(能力)を高める目的で実施された、議員力検定試験を受験します。
議員になりますと、日常の課題に対応していくだけであっという間に1日が過ぎていきますが、その意味でも自分たちがどのような法の下で、どのような権限を持ち、現状で何が課題なのかなどを、明確に認知しておく必要があるのではないかと考えていますし、その意味では試験というのは貴重な機会です。
今回と同様市ヶ谷の法政大学で開会されます。私が以前住んでいたときにはなかった高いタワーが建っています。明治大学などもそうですが、最近は都心の建物を大学が高層階にしています。以前は広い敷地を求め、大学は郊外に進出しました。私の卒業した中央大学などはその典型で、お茶の水を離れ、八王子に”多摩移転”しました。しかし、明らかに最近はその逆の方向性になっています。特に人文系はやはり街にあってこそ大学だと思います。その意味では方向性は当然だと思います。
その意味でも、宮崎大学も何らかのサテライト校舎が街の中に必要だと思います。今度出来る市内中心部にできるアートセンターなどもそのような活用方法もあるのではないかと思っています。学生がいる街、街にいる学生、時代はやはりそのようになってきているのだな、と思いながら大学に向かいます。
そんな思いで入口に着き、ガードマンに「検定に来たのですが。」といいますと、いいますと「3級ですね」と案内されたのですが、どうも受験者が個性的で、およそ議員などいない感じです。よく看板を見てみますと・・・「映画検定」の文字が・・。さまざまな検定試験があるものです。
そして肝心の試験ですが・・、難しい。4択(全50問)であり、プレ試験が95点でしたからまあ大丈夫だろうと軽く見ていたのですが、なかなか引っかけも多く、難しいものです。例えばのっけの1問目から。
「次の指標のうち、(地方財政再建特別措置法における)再生判断比率に該当しないものを、一つ選択しなさい。
1、実質赤字比率
2、連結実質赤字比率
3、実質公債費比率
4、将来負担比率 (答えは4)
前回のプレ試験とは比べ物にならない難しさで、引っかけ問題も多かったです(帰りの機内で再チェックしただけで4問は間違えを発見しました。)しかも、今日は正答をもらえませんから自己採点もできません。明日議会に出勤したとき、事務局の法制担当と一緒に考えたいと思います。
試験終了後、フライトまで少し時間がありましたので、宮崎県庁から厚生労働省に派遣されているS君と会います。
新型インフルエンザもあって、なかなか苦労しているようです。しかし、その中で霞が関の課題や限界を感じてもいるようです。1年間しっかりと鍛えて、宮崎に戻ってきてほしいと思います。
久しぶりに紀伊国屋で本も結構買いました。しっかり読み込んで、知識と経験が車の両輪になるよう、意識していきたいと思います。
2009-05-30 Sat
土曜日です。明日の「議員力検定試験」のため、関西経由で上京します。
伊丹空港に着き、阪急電車に乗って関西大学へ。冬休みに私の事務所を手伝ってくれていた関大生のK君に会います。鹿児島出身の同級生の方もいたのですが、大学のある地元の吹田市の行政の審議委員などに参加しているそうです。
行政の審議委員会といえば、年配の方や組織団体の方が多く、同じ方が重複している事例も少なくありません。このように大学生など様々な方が入ることは間違えなく活性化されます。
私も以前宮崎交通時代に「宮崎市福祉のまちづくり条例作業部会」に所属していたことがあります。しかし普通のサラリーマンでこのようなものに参加を続けていくのは相当にエネルギーが必要でした。
平日の夜の活用、また社員の参加する企業、学生の参加する大学などに何らかのインセンティブ(報償)をすることも含め、様々な立場の方が参画できる枠組みは必要だと考えますし、そのようなヒントをもらえました。
関大前のにぎやかな学生街でパワーをもらって、市内に戻ります。楽天時代は毎週のように出張で来ていた大阪の街です。活気あふれる心斎橋を歩いていますと、そのころを思い出します。そんな思いで戎橋のそばを歩いていますと遠くから桃太郎行列(政治家がノボリを掲げて練り歩くことをこう呼びます)が。新党日本の田中康夫代表でした。
選挙に行こう、というパンフレットを配っていました。関西独特のノリの良さか写メを撮る人は多いのですが、撮った後で
「あの人誰やねん?」「ほら、長野の知事してた人。」「ああ、おったな~」
などという会話が聞こえます。国会議員、小さいとはいえ党代表である方です。しかし確かに「脱ダム宣言」などを高く掲げた長野県知事時代と比べれば、政治的なインパクトが小さくなっているのは否めません。やはり、政治家の”立ち位置”の難しさを感じます。
そんなことを感じながら、新しく完成した阪神なんば線で一路神戸へ。確かにマスクをしている方もいなくはないのですが、ほとんど平静を取り戻していた感じでした。
地元の方にもいろいろ伺ったのですが、確かに一時期はほぼ全員がマスクをしていたということで、東京で「神戸から出張に来た。」というだけで、一瞬、相手の表情が曇ったということがあったようです。
以前、私もシンガポールでSARSを経験しましたから、このあたりの気持ちはよく分かります。いまになってテレビの情報番組も「騒ぎすぎだった」といいますが、今後は少し報道の在り方は考えてほしいと思います。少なくとも先日のブログにも書きましたが、「シロ・クロ」というような考え方はやめて頂きたいと思います。
三宮からポートライナーで本当にガランとして心配になるほどお客さんのいない神戸空港から羽田空港に向かいます。1日にも満たないわずかな滞在時間でしたが、関西のノリ、私は大好きです。その中で、いろいろと考えるヒントの多かった1日でした。
2009-05-29 Fri
金曜日です。朝から学校や病院を訪問するなどして、6月議会に向けた準備を進めています。いつも議会が近づいてから慌ただしくなります。今度は1年ぶりの一般質問(自分の好きな課題を取り上げられる)ですので、言いたいことが数多くあるのですが、逆にどれを落としていくかを考えていかなければなりません。
お昼からは「まつりえれこっちゃ宮崎」関係の会議です。私が所属している宮崎青年会議所が宮崎市から委託を受けて開催しており、私は審査部長という役職を頂いています。
今日は昨年の審査部長の方と課題な運営方法などを具体的に伺いましたが・・・これは大変です。8月1日、2日といえば総選挙の候補日でもある日ですが、あと2か月余りです。
これは大変なことを引き受けてしまったなという思いですが、お引き受けした以上は全力で取り組まなければなりません。来週からは、審査員の先生へのご連絡なども取り組んでまいりたいと思いますが、なぜこのポジションをお受けした方といえば、やはり実際に中に入ってこそ見えるものもあると思うからです。
確かに8年前も同じようなことはしましたが、大いに状況は変わっています。そしてこの「まつりえれこっちゃ宮崎」についても、10年が近づいてくる中で、今後のあり方を考えていかなければならないのでしょうか。そのためにも、現場で見ておくことは重要だと考えています。厳しい部分はあるかと思いますが、皆さんに支えて頂きながらしっかり取り組んでいきたいと思います。
8年前に「宮崎ふるさとまつり」を見直すという会議に、私は現在の宮崎青年会議所の松田慎介理事長などとともに出ていました。どうするのか、かなり緊迫した議論でしたが、結果としては現在の形の原型を作って行きました。
当時(まだ「宮崎ふるさとまつり」と呼んでいましたが、私は広報部長として、現在も使われている音楽を使ったり、イチから作って行きました。それから8年、この「えれこっちゃ宮崎」もあり方としていろいろ考えていかなければならない部分はあるかとは思いますが、業務に携わりながら課題を考えていくことのできるよい機会です。
改めて当時のことも思い出しながら進めていきたいと思います。
2009-05-28 Thu
県内視察2日目、日南市の「かんぽの宿日南」からのスタートです。昨夜から風雨が激しく、明日最初の視察が油津港ということで、視察が可能なのか心配しましたが、朝になりますと雨は収まり、予定通り出発です。
油津港には谷口義幸市長をはじめ多くの方がお待ち頂いておりましたが、到着しバスから降りますと、台風に近い風です。ここでは、現在唯一の関東と結ぶ航路であるRoRo船との物流政策を調査する予定でしたが・・・、RoRo船は悪天候のため出航が遅れ、まだ瀬戸内海を航行しているとのこと。港には、風を避けるため避難してきた外洋航路の貨物船が碇を降ろすばかりです。
この港では宮崎県が上屋を整備し倉庫として活用されていますが、その中で油津港の現状や課題について説明を受けます。もともと海岸であった部分に整備をした宮崎港は、海岸浸食や土砂の堆積など多くの課題を抱えています。しかし、油津港は黒潮の流れが接岸しているまさに天然の良港です。倉庫の中には、木材の加工品や王子製紙の生産した巨大なロール紙の"塔"が立ち並んでいます。なかなか圧巻ですし、その中をフォークリフトが慌ただしくたち回る様は、なかなかの活気を感じます。
その後、国道222号線を都城に向かいます。今年開学した南九州大学を訪問します。ここは以前宮崎産業経営大学の跡地です。紆余曲折の末、開学したのですが農場が広大な景色には驚きます。ガラス温室が立ち並んでいますが、環境に配慮し、水の使用などを極限まで抑える仕組みなどが取り組まれています。
しかし学生が戻ることは地域にとっても大きな活気を生みます。今後新しい学部もできれば最終的には1,000人以上が在学することになるとのことです。高鍋町との曲折などありましたが、開学した以上は大きく飛躍して頂きたいと思います。
その後、三股駅へ。この駅は都城駅の一つ宮崎よりの無人駅ですが、ここは駅自体を三股町がJR九州から買い取り、地域の拠点とすべく駅舎を抜本的に改築しました。駅自体は変哲のないものですが。駅にコミュニティバスの事務所が設置され、駅前には物産センターが設置されるなど駅を中心とした街づくりが進められています。
北諸県郡唯一の町である三股町は、都城盆地の中で唯一都城市と合併せず自立の道を選びました。その中で、どう地域づくりをしていくか、その目指す方向が垣間見えた駅です。2日間、充実した視察でした。橋やトンネルなどの視察の多かった昨年までの商工建設常任委員会と比べ、「他の委員会が所管しない業務。」まで所管するこの委員会は本当に幅広く調査課題があります。
この県内調査を今後の委員会審議にしっかり活かして参ります。
2009-05-27 Wed
水曜日、今日から総務政策常任委員会の県南視察です。天候が悪い中、朝の街頭演説で冷えた体をココアで温めながらの出発です。
まず県庁を出発したバスはわずか10分で、最初の目的地宮崎学園高校に到着します。
ここで取り組まれている特色ある中高一貫教育について、大坪久泰理事長をはじめとする職員の皆様に説明と授業の見学をさせて頂きます。現在は宮崎市内の私立高校はすべて中学校を併設していますが、この宮崎学園高校も今年から40名定員の中学校を設置しました。遠距離通学などの課題もあるのの、私立高校ならではの柔軟なカリキュラムや特色には興味深いものがありました。
授業も見せて頂きますが、発音しながら覚えていく英語の授業などは、文法をなどカタチを重視した私たちが受けた授業とはかなり違います。しかし、驚きますのは、女子生徒が多いことです。先生方にお話を伺いますと、「半々くらいかと思っていたのですが・・・」とのことでしたが、やはりまだまだ女子高時代のイメージが強いのかもしれません。(ちなみに現在は多くの高校が男女共学となり、女子高は都城市の都城ドミニコ学園のみです。)
英語の後には礼節の授業を見学します。ふすまの開け閉めや座布団の座り方などが授業されていました。聞いていまして、私も知らないことばかり。本当に参考になりました。
宮崎学園を後に、一度県庁で食事した後、宮崎地方裁判所へ。裁判員制度の説明を受けた後、実際の裁判を傍聴しました。
今回の裁判は、車検が切れた軽トラックを運転中、煙草に火をつけようとわき見運転をし、その結果自転車を押して横断していた男性をはねて死亡させてしまったという事案でした。確かに被告の男性に全面的な過失がありますし、車検が切れた状態だったことは過失では許されません。被告の男性は、生活が厳しく車検の経費が捻出できなかったと述べました。
被告人の遵法精神には問題がありますし、その結果任意保険を掛けていても保険が出ないというきわめて厳しい状況を惹起したのは事実です。とはいえ事故については本当に誰にでも起こりうることです。私も車は日常的に運転しています。改めて他山の石として、取り組んでいきたいと思います。
しかし裁判長が「宮崎はこのような運転がとても多いので、青信号でもいつ車が突っ込んでくるか分からないので、慎重を重ねて歩いている。」と発言しました。判決とあまり関係のないことであるうえ、乱暴な分類に少々驚きましたが、県外から見えた方にこのように思われていることは重く受け止めなければならないと思います。
その後、不発弾処理の現場を車中見学した後、バスは一路日南市北郷町へ。森林セラピーなどについて説明を受けます。
まず旧北郷町長の倉岡清美日南市副市長からご説明を受けます。この森林セラピーはこの倉岡町長時代に提唱されたもので、いままでいわれてきた森林浴に比べ、具体的に精神安定効果などを数字で表すものです。
現在北郷町ではこの森林セラピーをまちづくり、観光の中心として捉えています。まさに町長が残した財産です。疑問点を質問していったのですが、森林セラピー基地の猪八重エリアはつい2年前まで1,500人足らずのだった観光客が、昨年度は30,000人を超えるほどになっています。そこで、駐車場などのハード、そして生態系の維持のための適正人数をどう考えているのかなど質問しました。
北郷町もその問題点や重要性(特に貴重なコケの保存など)は分かっているものの、これから手探りで進めていくとのことでした。説明終了後、一路、現地の猪八重渓谷へ。確かに8戸しかない本当に小さな集落です。しかし、地区の中は除草なども行き届いていて、本当に"里山"の雰囲気満点です。
しかし、雨が降り続いています。休日を中心に普段は賑わっている足湯にも誰も利用者はいません。
そこで・・、勇気を持って入ってみました。雨をしのぐところがないので傘をさしての足湯です。確か雨が降り注いでぬるいのですが、まさに里山の現場がここにありました。
合併の中で、失われようとしている地域性。それをしっかり残しながら取り組んでいく、その挑戦に触れられたことは参考になりました。様々な課題に触れることのできた視察1日目でした。
TOP PAGE △













