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マイ・ウェイ
水曜日、3月31日です。

年度末最終日です。普段よりも車が少なく感じた街頭演説を終えて県庁へ。
県庁本館前に小学生達が多く集まっています。いつもの光景なのですが、案内に立っているのは"カリスマ県庁ツアー案内人"こと私の同級生でもある松木孝宏さんです。

松木さんも今回の人事異動で県土整備部に異動します。今日は自分が誘致した団体ということで、最後の県庁ツアーに立っていました。
県職員である以上異動は不可避なものです。しかし、その残された一歩は4月以降も受け継がれていきます。とても個性的な松木さんですから、新天地に行っても、彼らしいマイ・ウェイでまた新たな"足跡"を残してほしいと思います。

さて、会派室に行きます。今日は3人での「愛みやざき」の正真正銘最後の日です。
松田議員がいつもの達筆で「新みやざき」と書きあげています。それだけは、3年前「愛みやざき」を起動させたのあの日と同じです。違うのは「愛」と「新」、この1文字です。

13時から「新みやざき」の皆さんは記者会見をされまして、それを踏まえ私も写真のような書類を提出していきます。「愛みやざき」の私が代表になる旨の役職変更届、そして「愛みやざき」所属が私1人になる旨の会派変更届を、議会運営に関して議事課に、政務調査費関係で総務課に各1枚提出しました。



報道などでは少し分かりにくい部分がありますが、このように書類を見て頂ければ分かる通り、松田議員、西村議員は今日を以て「愛みやざき」を離脱致したことになります。
ですから、「愛みやざき」は私が代表としてこれからも揺るぎなく継続されていきます。

マスコミの取材も続きまして、「新みやざき」さんについての見解などを求められます。
「新みやざき」の理念や思いについては、私から申し上げることは一切ありません。それは報道などを踏まえ、県民の皆様がご判断いただくことです。
民主党の議員からは最後までお誘いを受けましたが、ただ私自体はこの行動自体に大義を感じません。私は説明のつかないことはしたくありません。ただそれだけです。

しかし、特に6時のニュース以降、数多くのメールや電話、お声かけを頂きました。「ツイッター」で私をフォローしてる方からでお分かり頂けたと思いますが、本当に多くの方から応援メッセージを頂きました。
夕方の街頭演説も今までにない反応です。県議会内では1人でも多くの良識ある皆さんが応援して頂いていることを本当に実感します。

夜は同級生の県庁職員と就職活動中の宮大生3人の景気付けにゴハンを食べに行きます。彼らから「カッコイイと思います。」といってもらえたことは本当に自信になりました。

「尾崎牛」を生産している尾崎宗春さんが「子どもが俺の牛を食べ残したら俺は牛飼いをやめる」とよく言われます。
私もまったくしがらみも、お世辞もいう必要がない学生の皆さんからそう言ってもらえたことで、私は私の選択に揺るぎない自信を持つことができました。

帰りに雨が上がり、切れた雲の間から少し覗ける星空を見ながら歩きます。急に涙が出てきます。
いままでの「愛みやざき」は終わり、新しい「愛みやざき」のスタートです。

布施明の「マイ・ウェイ」(こちらに歌詞があります。※音が出ます。)が思わず口をつきます。松田議員と西村議員と私、歩むマイ・ウェイは真逆になりました。何がよいか悪いかは分かりません。"すべては心の決めたままに"。今日私は失ったものも多くありますが、それを上回る得るものもあったと実感しました。本当に幸せです。

私は1人になりました。しかし、多くの応援して頂ける方の思いを胸に、堂々と自分のマイ・ウェイを歩き続けていきます。

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もう一つ、次の世代へ。
火曜日です。
街頭演説終了後、宮崎市民プラザへ。
宮崎市と清武町の合併記念式典に参加します。清武町の皆さんが2回の住民投票の結果、宮崎市に合併されたことを改めて重く感じますし、宮崎市も40万人、県都としての役割もますます高まります。
宮崎市選出の県議会議員として、改めてその重みと自覚を感じます。

そして今日は合併功労者として津村重光前市長が表彰を受けられました。合併について津村前市長の強いリーダーシップがあったのは間違いありません。

合併も、もう一つ次の世代のために、と取り組んできたことです。現段階では不満や批判も相当あるのはその通りですが、それをおしてでも合併に取り組まれた津村市長の姿勢は、歴史は高く評価すると私は思います。
市長退任後初めて公の場でお会いしましたが、今後のご活躍をお祈りしたいと思います。

さて、今朝から昨日の新会派の件につきまして、30件を超える多くの励ましの電話、メール、ツイッターのつぶやきなどを頂きました。本当に感謝申し上げます。

朝の街頭演説中、市内の県立高校の生徒会長だったKさんのお母さんに声を掛けられます。「娘は昨日大学に行くのに東京に行きました。この前街頭演説してるたけいさんに会って話せてよかった。やっぱり私も政治家になりたいといってます。」とちょっと困ったように、でも笑って話されました。

Kさんとは一昨年の「まつりえれこっちゃみやざき」のボランティア(その日のブログはこちら)で一緒で、その後街頭のときなどよく声を掛けてくれます。臆せずに「政治家になりたい!」といってくれます。
そんな彼女が上京し私が大学院を修了した大学に入学することになりました。初志を貫徹して、ぜひ夢をかなえてほしいと思います。

私の周りには結構そんな「政治家になりたい。」といってくれる人たちがいます。関西の大学に進学するミッション系私立学校の生徒会長のK君、いつも手伝ってくれる関西大学に行っているK君、宮崎大学のW君などなど・・・。
本当にうれしく思っています。

キザな言い方で恐縮ですが、私は彼らにとって「カッコイイ政治家像」でありたいと思っています。
それはもちろん"見てくれ"などについてではありません。また、思想信条や政党へのスタンスはもちろん別でも構いません。

しかし、「政治は数なんだから」「あなたたちにはまだ分からないだろうけど・・・」といったような、オトナの理論で煙に巻くようなことだけは言いたくありません。常に自分の行動は、決してカッコイイことだけではなく説明していきたいと思っていますし、もう一つ次の世代への夢をつなぐこと、それが若さに期待して投票して頂いた県民の皆様に対し、私がいまの時点でできる最大のお応えの一つだと思っています。

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申し訳ありません。
月曜日です。

街頭演説終了後、県庁へ。今日は「愛みやざき」の討議です。

西村議員、松田議員からは、民主党、自民党県民の会との新会派に合流する旨が正式に説明されました。31日に会派結成の届けを出すとのことで、「愛みやざき」は4月1日以降、私・武井俊輔の1人会派となることになりました。

新会派については正式に発足しておりませんし、私は参加をしませんのでそれについての是非については申し上げる立場にはありません。
しかし、私は会派とは「志を同じくする者、相集う場所」だと思っています。その私の信条に照らして、今回の新会派にその大義を見出すことはできませんでした。

確かに県議会において、議会運営の中で"諸派"として悲哀を感じることはありました。小異を捨てて大同に着くという意識も可能な限り持ってきたつもりです。私としては断腸の思いもありましたが、昨年の副議長選挙では自民党県民の会の徳重忠夫議員に投票も致しました。

しかし、今回「愛みやざき」という小さいながらも守ってきた"我が家"を畳んでまでの会派合同は、どうしても私は理解ができません。
率直な気持ちではいまでも夢ではないかと思うときがあります。

一人会派は確かに辛いものです。代表質問も決算の総括質疑も意見書の提案もできません。議会運営委員会にも幹事長会にも入れませんから、委員会なども基本的には"余った"ポストが割り当てられるにすぎません。

しかし、そのような不利益を負ってでも、政治には守らなければならないものがあると私は思います。
以前、「自社さ政権」なるものがありました。絶対に組むことなどあり得ないと思われていた政党が、連立し村山内閣が成立しました。
いままで戦っていた政党が、何の総括もないまま連立する。
私はこのようなことを繰り返してきたことが、政治の信頼をゆがめ、そして深刻な政治不信を産んだのだと思っています。

残念ながら、今回の一連の動きは私にはそれと同じように見えます。そうである以上は、私にはこの会派合同に加わる選択肢は最初からありませんでした。

「若い」ということは、いまの政治状況の中では、かなり強力な"武器"になります。しかしそれが支持されるのは、既得権と戦うことであり、挑むことであり、貫くことであり、そして"しがらみ"にとらわれないことがあってこそだと思います。パワーゲームや老獪なことが求められているとは思えません。
その意味では、私は4人でこの「愛みやざき」を貫けなかったことは、残念でたまりません。

しかし何をおいても、「愛みやざき」に期待して頂いた県民の皆様のご期待にお応えできないまま、このようなことになってしまったことについては、本当に、本当に申し訳なく思っております。

無所属で1人で選挙に出て、どうなるかもわからないときに自然発生的に集まった4人。私は本当にうれしかったですし、そこに"運命"を感じていました。

そして会派を結成し3年。また私は1人に戻りました。
私は今日、35歳の誕生日でした。いままでの誕生日の中で、こんなに辛い日は初めてです。

しかし、楠並木のベンチに腰を掛けて、日が長くなった夕暮れの空を眺めながら、聖書にこんな言葉があるのを思い出しました。
「私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。」(第2コリント4-18)

私は今回の行動には天に向かって恥じるところは一点もありません。小さな小さな会派になりますが、目には見えない"志"を高く掲げて、「愛みやざき」の旗を守っていきたいと思います。

最後になりますが、「愛みやざき」がこのような事態になったこと、県民の皆様の思いにお応えできなくなってしまったことを重ねてお詫び申し上げ、今日の思いとさせて頂きます。

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さくらの季節
日曜日です。

今日は花見が続きます。
まずは実行委員会に参加させて頂いている天神山さくらまつりへ。開会式に参加します。

直前まで雨で心配したのですが、何とか晴れまして勇壮な太鼓によるオープニングイベントになりました。開会式といっても、桜の開花が早まったので、既にお花見モード満点で、多くの皆さんで賑わっています。

会場には多くの方がいまして、歩いていますとあちこちでお声をかけて頂き、飲んでいきなさい!と焼酎をおすすめ頂きます。
こんなときにお酒の飲めない自分の無粋は誠に申し訳ないのですが、宮崎交通の皆さんなどにもお会いできて、本当に楽しい時間です。

天神山から、文化の森と花見を"はしご"します。飲めない私は、あちこちで焼肉だのおにぎりだのを食べまくります。ダイエットしなきゃ、とは思っているのですが・・・。

そして夕方、慌ただしかった今週末の最後の締めは高岡町の天ヶ城公園へ。「開門まつり」の打ち上げに参加します。高岡トンネルを出て、山の上がライトアップされているのは本当に幻想的です。このまつりには結局2日間で3回伺ったのですが、本当に祭り自体が進化していくのが分かります。
市内に比べるとやや肌寒い山の上ですが、熱い夜でした。

お城と桜並木、そしてその向こうに美しい月が出ています。本当に美しく写真を撮るのも忘れてしばらくの間空を見上げていました。

いよいよ明日、「愛みやざき」の討議です。場合によっては、皆様に残念なお知らせをしなければならないかもしれません。
桜の季節は出会いと別れの季節です。時間が止まるわけでもありません。私たちは前に向かっていくしかないのです。

そう思っていたとき、風が強く吹き、ネクタイに1枚、桜の花びらが引っ掛かります。胸ポケットに入れて、一人帰路に着いた春の夜でした。

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様々な"新しい1ページに"
土曜日です。

この2日間もお陰様で、スケジュールがびっしりです。
まず午前中は清武町の「せいぐう保育園」の卒園式です。いつもいつもお世話になっているのですが、今日も伺わせて頂きました。

ごあいさつもさせて頂いたのですが、演壇に立ちますと自分よりも若い保護者の方も少なくなく、その中でお話するのは、なかなか複雑なものです。これでいいのか、と思ったりもします。
素晴らしい歌も何曲も聞かせて頂き、園児の皆さんのその堂々とした態度には本当に感動でした。

保育園を出て、車でパンをかじりながら一路国富町へ。
国富町農村改善センターで開催された、「みちづくりを考える宮崎中央女性の会」の総会に参加します。民主党、自民党の国会議員の秘書の方からごあいさつの代読がありますが、「『コンクリートから人へ』はまだまだ宮崎には当てはまらない。」というコメントが与野党問わず出ますが、お互いのさや当てのような印象も否めません。

県会議員が私一人だったこともあり地方議員代表ということでご挨拶したのですが、「政権がどう変わろうと、住民が住民であることには変わりません。住民の立場での皆様の活動こそが重要になるかと思います。」とお話させて頂きました。

その後、前副知事の坂佳代子会長から、活動の内容や今後の活動について説明があります。最後に国富町の女性の皆さんを中心に歓迎の踊りがあります。いつもいつものパワーに圧倒です。

国富町を出まして高岡町へ。高岡町の天ヶ城公園で行われている「開門まつり」を訪問します。
多くの知り合いの皆さんとお話をさせて頂いて、一路街中へ。第2回のプレオープンの「街市」へ。

新しい店舗も増えましたし、「街Bar」も登場。お酒の飲めない私はノンアルコールですが、甘いカクテルを頂きながら、店舗の皆さんともお話をして参りますが、4月からのグランドオープンが本当に楽しみです。
宮崎市内だけではなく、都農町河野農園のミニトマトなど県内から全国に勝負している食材も揃いつつあります。本当に宮崎の新しい1ページが作られる感じです。

街中から再び高岡町へとんぼ帰り。開門祭りのオープニングイベントである「たいまつ行列」に参加します。こちらも今日開会した総合支所横の武家屋敷から、天ヶ城公園までたいまつを持って歩きます。

なかなか加藤忠芳副市長、高岡町選出の市議の皆さん、商工会の皆さんを始め約70人で会場までの急坂を歩いていきますが、だんだん暗くなりまして、眼下に高岡の夜景を見ながらたいまつを掲げて登って行きます。

会場も照明が落としてあり、参加者でかがり火に火を入れていくなかなか幻想的なイベントでした。このような中心部からのたいまつ行列は今年初めてということで、地域づくりが一歩一歩進んでいるのがよく分かります。

会場を出まして、今度は天神山公園へ。
たけい事務所の花見に合流します。スタッフの皆さんにもいつもいつもご迷惑をかけていますが、ゆっくりとお話しながら楽しい時間を過ごすことができました。

2次会まで行きまして、アパートに帰ったのは1時を廻っていました。卒園式、みちづくり、街市、進化する開門祭り、さまざまな新しい1ページに立ち会えた、本当に充実感満点の1日でした。

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